キャリアオーナーシップの基本|企業が取り組むメリットと進め方
「キャリアは会社が用意してくれるもの」という前提で働いてきた人にとって、「キャリアオーナーシップを持ちましょう」という呼びかけは、どこか掴みにくく響くかもしれません。終身雇用や年功序列が当然だった時代には、自分のキャリアを主体的に設計するという発想自体が、あまり必要とされていませんでした。
キャリアオーナーシップとは、個人が自分のキャリアに対して当事者意識を持ち、主体的に選択し行動することを指す言葉です。経済産業省は2018年の「我が国産業における人材力強化に向けた研究会」報告書で、これを「個人一人ひとりが『自らのキャリアはどうありたいか、如何に自己実現したいか』を意識し、納得のいくキャリアを築くための行動をとっていくこと」と説明しています。日本で生まれた比較的新しい言葉のため、論者や企業によって強調する側面が少しずつ異なるのも特徴です。
ここで押さえておきたいのは、キャリアオーナーシップは個人の意識の問題であると同時に、それを発動させる「環境」を企業がどう用意するかという組織側の設計課題でもあるという点です。本記事では、キャリアオーナーシップの意味からキャリア自律との違い、企業が取り組むメリットと具体的な支援方法、実際の企業の取り組みまで解説します。
キャリアオーナーシップとは何か

キャリアオーナーシップとは、キャリア(経歴・職務経験の積み重ね)とオーナーシップ(所有意識)を組み合わせた言葉で、自分のキャリアを会社から与えられるものではなく、自分自身が責任を持って築いていくものとして捉える考え方です。経済産業省は前述の説明に加え、キャリア教育アワードの場では「個人が自らの問題意識を持ち、学び、働くことを通じて、自らの『羅針盤』をもってキャリアを構築していくこと」とも表現しています。いずれの説明にも、現状を認識する「意識」と、それに基づいて動く「行動」の両方が含まれている点が共通しています。
パーソルキャリアは、NPO法人ミラツクと共同で書籍24冊をもとにキャリアオーナーシップの概念を整理し、「自己論」「主体性」「仕事観」「人生観」という4つの近接領域から「5つの中心概念(5領域11項目39要素)」としてオープンデータ化しています。同社はこれをキャリアオーナーシップの統一的な定義として提言するものではないとしつつ、論者によって意味の重なりが少しずつ異なることそのものが、この言葉の特徴であるとしています。
キャリア自律との違い
キャリアオーナーシップとほぼ同じ文脈で使われる言葉に「キャリア自律」があります。両者は厳密に区別されずに使われることも多いものの、焦点の置き方には違いがあります。
キャリア自律は、自己理解を深め、変化する環境の中で主体的に学習を続けていく心理的な傾向、いわば「キャリアをどう設計するかを考える力」に重心があります。一方のキャリアオーナーシップは、設計したキャリアを自分のものとして引き受け、実際の選択や行動に移していく姿勢、つまり「結果に対する所有意識」に重心があるとされます。たとえば「専門性を高めたい」と考える内省はキャリア自律の領域であり、そのために実際に資格を取得したり、社内公募に手を挙げたりする行動がキャリアオーナーシップの領域にあたります。両者は対立する概念ではなく、内側を見つめる自律と、外側に向けて踏み出すオーナーシップという、補い合う関係にあると捉えると整理しやすくなります。
キャリアオーナーシップが注目される背景

キャリアオーナーシップという言葉が広がってきた背景には、個人の働き方の変化と、企業を取り巻く制度・投資環境の変化という、二つの方向からの圧力があります。
一つは、終身雇用や年功序列を前提とした日本型雇用の前提が揺らいでいることです。一つの企業に勤め上げることが当然ではなくなり、人生100年時代と呼ばれる長い職業人生の中で、学び・働き・引退するという従来の三段階の区切りを、個人ごとに柔軟に組み替える必要が出てきました。会社がキャリアを用意してくれることを前提にしていた人ほど、この変化に対応する準備が整っていない、という状況が起こりやすくなります。
もう一つは、企業側の経営アジェンダとしての位置づけです。経済産業省は2020年に「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」を設置し、その報告書(通称「人材版伊藤レポート」)で、企業は画一的なキャリアパスを用意するのではなく従業員の自律的なキャリア形成を後押しすべきであり、個人もキャリアを企業に委ねるのではなくキャリアオーナーシップを持って働く企業を主体的に選択すべきだと指摘しています。ESG投資の拡大によって人的資本の情報開示が求められるようになったことも、企業が従業員のキャリア支援を経営課題として扱う動きを後押ししています。
企業がキャリアオーナーシップに取り組むメリット

「社員に自律的なキャリア形成を促すと、外に目が向いて離職が増えるのではないか」という懸念は、人事担当者からよく聞かれます。しかし、実際に各社で報告されている効果は、この懸念とは異なる方向を示しています。
エンゲージメントとモチベーションの向上
自分のキャリアと会社の方向性が重なっていると実感できると、業務への主体的な姿勢が強まり、会社への信頼や愛着も深まりやすくなります。上司や人事による継続的な対話を通じてこの実感を積み重ねることが、エンゲージメント向上の土台になります。
優秀な人材の確保と離職率の低下
「ここでは市場価値の高いスキルが身につく」「キャリアを応援してくれる」と感じられる環境は、優秀な人材ほど重視する傾向があります。社内に挑戦の機会がないと感じた人材が先に離れていくリスクを考えると、社内でキャリアを広げられる仕組みを用意すること自体が、結果的にリテンション(人材の引き留め)につながります。
生産性の向上
自分のキャリアを自分ごととして捉えている社員は、目的意識を持って業務に取り組むため、指示待ちで動く社員と比べて業務改善や課題発見への動きが生まれやすくなります。個人の自律的な行動が、結果として組織全体の生産性に反映されるという構造です。
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企業に見るキャリアオーナーシップの取り組み

制度として何を整えればよいかは、実際の取り組みを見ると具体的にイメージしやすくなります。
富士通——ポスティング制度と1on1で「自ら手を挙げる」文化を作る
富士通は、社員が自分のやりたい仕事を自ら探して異動できる「ポスティング制度」や、期間限定で他部署の業務に挑戦できる「Jobチャレ!!制度」を運用しています。あわせて上司との1on1ミーティングや、社員同士がキャリアの悩みを共有する場も設けており、本人が手を挙げることを起点にした異動・昇格の仕組みと、日常的な対話の機会を組み合わせている点が特徴です。
ボストン・サイエンティフィック ジャパン——社内公募を当たり前の選択肢にする
医療機器メーカーのボストン・サイエンティフィック ジャパンは、2018年からオープンポジションの社内共有を月次で実施し、2019年からは管理職登用も原則公募制としています。2年間で社内公募はのべ230ポジションに達し、応募者は188名にのぼったと報告されています。社内公募が特別な制度ではなく日常的な選択肢として定着したことで、自律的に学び挑戦する社員の姿が増えたとされています。
両社に共通するのは、社員の主体性を「待つ」だけでなく、手を挙げやすい制度と、挙げた手を受け止める対話の仕組みを同時に用意している点です。制度だけでは使われず、対話だけでは行動に移らないため、両方を組み合わせる設計が機能している理由だといえます。
企業がキャリアオーナーシップを推進する方法

制度を導入する前に、まず社員が自分のキャリアについて考える機会そのものを作ることが出発点になります。
対話の機会を制度として組み込む
1on1ミーティングやキャリア面談は、上司が一方的に評価を伝える場ではなく、社員自身の考えを引き出す場として運用することが重要です。毎月のキャリアに関する対話や、振り返りシートを使った強み・課題の言語化を継続することで、「キャリアは自分ごとである」という意識が積み重なっていきます。
社内で動ける選択肢を増やす
社内公募制度や社内インターン制度、副業の解禁といった仕組みは、社員が「今の部署にとどまる以外の選択肢がある」と実感できるようにするための土台です。選択肢があること自体が、社員に「会社の外に出ないと挑戦できない」という思い込みを和らげる効果を持ちます。
挑戦を評価する文化を作る
制度を整えても、「異動を希望した人は今の部署への不満があるのだろう」という見方が職場に残っていると、社員は手を挙げることを避けるようになります。挑戦したことそのものを前向きに評価する姿勢をマネジャー層が示すことが、制度を実際に機能させるための前提条件になります。
キャリアオーナーシップを「掛け声」で終わらせないために

「自分のキャリアは自分で考えてください」という呼びかけだけでは、多くの社員はどこから手をつければよいか分からず、結果として何も変わりません。キャリアオーナーシップが形骸化する企業の多くは、社員の意識の問題として片づけてしまい、組織側が用意すべき「考えるための材料」と「考えた後に動ける場」のどちらか、あるいは両方が欠けている状態にあります。
自分の強みや課題を客観的に整理する方法を知らないまま「キャリアを考えよう」と言われても、何を考えればよいか分からないのは自然なことです。自社の実務課題を題材にしながら、自分の考えを言語化し、上司からフィードバックを受ける経験を積むことが、キャリアオーナーシップを行動に変える土台になります。
マネジャー層の対話力が定着のカギになる
1on1や面談の質は、それを実施するマネジャー自身の対話力に大きく左右されます。部下の考えを引き出し、課題を一緒に整理する力は、自然に身につくものではなく、実践を通じて鍛える必要があるスキルです。マネジャー層がこの力を持っているかどうかが、制度を「形だけの面談」で終わらせるか、社員の行動変容につなげるかを分ける要因になります。
“これまでロジックツリーの概要は知っていたものの、実際にどう切り分ければよいか分からず苦戦していました。今回の研修では区分けの仕方を実践的に学ぶことができ、早速活用しています。ロジカルでないと会議が長引いたり本筋からズレたりする点にも共感しました。― 課題解決力強化道場 受講者(人材紹介業 部門長)
キャリアオーナーシップを支える対話力を鍛えるなら課題解決力強化道場へ

キャリアオーナーシップは、制度を整えるだけでなく、社員一人ひとりが自分の強みや課題を整理し、行動に移すための対話と振り返りの積み重ねによって育っていきます。この土台となる思考力や対話力は、マネジャー層が研修で身につけ、現場で実践してこそ機能します。
課題解決力強化道場は、アクセンチュア・KPMG・デロイトトーマツ・PwC出身の現役コンサルタントが直接指導する、少人数制のハンズオン型研修です。自社の実務課題を題材にした論理的思考力強化や1on1での対話力強化など、課題解決力を「知識」ではなく「使える力」として習得することに特化した設計で、累計800名超の受講者から平均満足度95.6%の評価を得ています。
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