ナレッジマネジメント事例5社|成功と失敗を分ける3つの分岐点
「他社の成功事例をそのまま取り入れたのに、自社ではまったく定着しなかった」。ナレッジマネジメントに取り組んだ担当者から、こうした声は少なくありません。事例そのものは世の中にあふれています。ところが皮肉なことに、事例を集めれば集めるほど「結局、自社の何に効くのか」が見えなくなる、という逆説も起こりがちです。
この記事では、富士フイルムビジネスイノベーションやキーエンスなど、実在する企業5社の取り組みを取り上げます。ただ並べて紹介するのではなく、成功した事例と失敗した事例を分ける「分岐点」まで踏み込んで読み解いていきます。目指すのは、事例を自社の成果へ翻訳するための「読み方」を持ち帰っていただくことです。
ナレッジマネジメント事例を読み解く前に押さえたい基礎

ナレッジマネジメントとは、従業員一人ひとりが持つ知識や経験、ノウハウを組織全体で共有・活用し、経営の成果につなげていく手法を指します。個人の頭の中にとどまっている知恵を、会社の資産へと変えていく取り組み、と言い換えてもよいでしょう。
事例を正しく読むうえで、先に一つだけ理解しておきたい考え方があります。知識には性質の異なる2種類がある、という前提です。
暗黙知と形式知という2つの知識
ナレッジマネジメントの土台には、暗黙知と形式知という区別があります。暗黙知とは、経験や勘、直感といった、本人も言葉にしにくい知識のことです。ベテランが「なんとなく分かる」と言うあの感覚が、まさに暗黙知にあたります。一方の形式知は、文章や図表、データのように、形にして誰でも参照できる状態になった知識を指します。
この考え方を整理したのが、一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏です。1995年の著書『知識創造企業』で示された枠組みは、世界的なナレッジマネジメントの潮流を生みました(参考:富士フイルムビジネスイノベーション「SECIモデル」解説)。ここで押さえておきたいのは、ナレッジマネジメントの本丸は「暗黙知を形式知に変えること」にあるという一点です。事例を見るときも、その企業が暗黙知をどう形式知へ変換したのかに注目すると、学びの解像度が一気に上がります。
なぜ「事例」から学ぶと近道になるのか
ナレッジマネジメントは、抽象的な概念のまま理解しようとすると、途端に手が止まります。「知識を共有しましょう」と言われても、明日から具体的に何をすればよいのか分かりません。そこで役に立つのが事例です。実際に成果を出した企業の取り組みには、抽象論では見えない「型」が含まれています。
ただし、事例の使い方には注意が要ります。成功した会社の施策をそっくり真似ても、業種も組織文化も違えば同じ結果にはなりません。大切なのは、事例の表面ではなく、その裏にある「なぜうまくいったのか」という構造を借りることです。次の章から、まずは5社の成功事例を見ていきましょう。
ナレッジマネジメントの成功事例5社

ここで紹介する5社は、業種も規模も異なります。共通しているのは、いずれも「特定の業務課題」を起点にナレッジマネジメントへ踏み出した点です。会社名だけでなく、どの現場のどの困りごとを解いたのかを意識しながら読んでみてください。
富士フイルムビジネスイノベーション|相談を「資産」に変えた何でも相談センター
旧富士ゼロックスにあたる富士フイルムビジネスイノベーションは、1990年代からナレッジマネジメントに先駆的に取り組んできた企業です。象徴的なのが1997年に設置された社内ヘルプデスク「何でも相談センター」でした。商品ラインナップが増え、営業担当からの問い合わせが膨らむなかで、一件ずつ個別に回答していては時間がいくらあっても足りない、という課題があったのです。
同社は、寄せられた相談を情報共有データベースに蓄積し、質問内容を約50のカテゴリーに整理しました。しかも「相談を社内でたらい回しにせず、必ず直接回答する」という運用を徹底しています。結果として、同じ質問への対応時間が大幅に短縮され、回答の品質も安定しました。一度きりの相談が、次の誰かのための形式知として積み上がっていったわけです。
キーエンス|評価制度に組み込み、営業の共有を文化にした
営業部門は、ナレッジマネジメントがもっとも根づきにくい現場だと言われます。個人成績が評価に直結するため、自分の勝ちパターンを他人に教える動機が生まれにくいからです。キーエンスはこの壁を、仕組みで越えました。
同社は人事評価のなかにナレッジ共有への評価を組み込み、共有すること自体が本人の得になる設計にしたとされています。「共有は善意でやるもの」から「共有は評価される仕事」へと位置づけを変えた点が要諦です。精神論に頼らず、共有が割に合う状態をつくったからこそ、競争の激しい営業組織でもナレッジが循環し始めました。
花王|顧客の声をデータベース化し商品開発へ直結
花王は、消費者から寄せられる相談や問い合わせを、単なる応対で終わらせていません。サポートデスクに届いた「お客様の声」をナレッジマネジメントシステム上にデータベース化し、商品開発部門がいつでも参照できる状態にしています。マーケティング・インテリジェンス・システムや「花王エコーシステム」と呼ばれる仕組みが、その受け皿になってきました。
顧客対応の現場に埋もれがちな生の声を、商品改善や新商品の開発という価値へ変換している点が、この事例の見どころです。ナレッジマネジメントは社内の効率化のためだけの取り組みではありません。顧客接点の知識を経営の意思決定に届ける経路にもなり得る、という好例と言えるでしょう。
再春館製薬所|「探す時間」を削った企業内検索
ドモホルンリンクルで知られる再春館製薬所のコールセンターでは、オペレーターが膨大な資料のなかから商品情報を探し出すのに時間がかかる、という課題を抱えていました。応対中にお客様を待たせてしまえば、満足度にも直結します。
同社は企業内検索エンジン(エンタープライズサーチ)を導入し、必要な情報を素早く引き出せる状態を整えました。ナレッジそのものを増やすのではなく、すでにある知識へたどり着きやすくする方向で改善したのが特徴です。理不尽な要望への対処法まで共有できれば、オペレーターの心理的な負担も軽くなり、離職の抑制にもつながっていきます。
東京海上日動コミュニケーションズ|KCSで一次解決率90%へ
コンタクトセンターを運営する東京海上日動コミュニケーションズは、2018年にKCS(Knowledge-Centered Service)と呼ばれるナレッジ運用の手法を導入しました。オペレーター個人に属人化していた知識を共有し、新人でも迅速に回答できる体制づくりを狙ったものです。新人育成が難航し、早期離職も少なくなかった背景がありました。
公開されている情報によれば、導入後は応対後の後処理時間が約3分の1に減り、一次解決率は90%まで向上したとされています(参考:パーソルビジネスプロセスデザイン)。さらにKCS関連の資格を人事制度に組み込むことで、質の高いナレッジを維持する動機づけまで設計しています。数字で成果が語られる、貴重な事例です。
5社に共通する読みどころ
いずれの企業も「全社の知識を集めよう」という号令から始めていません。相談対応、営業共有、顧客の声、検索、一次解決といった具体的な業務課題が先にあり、その解決手段としてナレッジマネジメントを選んでいます。この順番こそが、次章の失敗事例との分かれ目になります。
事例に学ぶナレッジマネジメントの失敗パターン

成功事例だけを眺めていると、「うちも同じツールを入れれば大丈夫」という錯覚に陥りがちです。ところが現実には、導入した企業の多くが途中でつまずきます。ここでは、報告される典型的な失敗パターンを3つ取り上げます。自社が同じ轍を踏んでいないか、点検しながら読んでみてください。
失敗1|ツールを入れても使われない
もっともよくあるのが、鳴り物入りで導入したツールが日常業務に溶け込まないケースです。原因は単純で、ツールが自社の目的に合っていない、操作が複雑、あるいは「なぜ使うのか」が現場に伝わっていない、といったところに集約されます。上司が率先して使う、評価に反映する、といった後押しがなければ、便利な道具も置物になってしまいます。
失敗2|ナレッジが乱立して探せなくなる
情報を集めること自体はできても、整理のルールがないまま蓄積を続けると、どこに何があるのか誰も分からない状態になります。ある企業では、数年後にデータベースが数千単位で乱立し、形式もバラバラで、結局誰も活用できなくなったと報告されています。
この失敗は、先ほどのSECIモデルで言えば、集めた知識を組み合わせて体系化する「連結化」の工程が欠けていた、と説明できます。溜めることと使えることは、まったく別の話なのです。
失敗3|共有する人が報われず、習慣が続かない
ナレッジの言語化には、それなりの手間がかかります。自分の頭の中にある勘やコツを、他人に伝わる文章へ落とし込む作業は、想像以上に骨が折れるものです。にもかかわらず共有した人が評価されなければ、多忙な現場では後回しにされ、やがて誰も書かなくなります。
背景データも、この難しさを裏づけています。中小製造業を対象にした調査では、技能の伝承がうまくいかない理由として「方法がはっきりしていない」「伝承のための時間的・人的な余力がない」がそれぞれ約5割を占めました(参考:大阪府中小企業診断協会「技能伝承の実態調査と提言」)。知識を渡す側の負担と動機づけを設計しない限り、ナレッジは集まりません。
成功事例と失敗事例を分ける3つの分岐点

ここまでの成功事例と失敗事例を並べると、あることに気づきます。分かれ目は、ツールの優劣でも予算の多寡でもありません。次の3つの問いに、事前に答えを出せていたかどうかです。事例を自社に当てはめる際の、実践的なチェックポイントとして使ってみてください。
分岐点1|「集める」より先に「使う場面」を決めているか
失敗事例の多くは、「とりあえず全部集めよう」から始まります。目的地を決めずに走り出すため、行き着く先は使い道のないデータの山です。一方の成功事例は例外なく、使う場面が先にありました。再春館製薬所なら「コールセンターで素早く回答する」、東京海上日動コミュニケーションズなら「新人が一次解決できる」という到達点が最初に定まっていたのです。
ここで重要なのは、ナレッジマネジメントを目的にしないことです。あくまで業務課題の解決手段として位置づける。事例を読むときも、「どの業務のどの瞬間に、その知識が使われたのか」を探すと、自社に移植できる部分が見えてきます。
分岐点2|暗黙知を言語化できる人がいるか
ここが、もっとも見落とされがちで、もっとも本質に近い分岐点です。ツールは、あくまで形式知を入れる器にすぎません。暗黙知を形式知へ変える工程、つまり「言語化」は、システムが自動でやってくれるものではないのです。
この難しさについて、SECIモデルを提唱した野中郁次郎氏自身が示唆に富む指摘をしています。知識創造は「共感」から始まり、暗黙知を言葉にするには徹底した「対話」や「共体験」が要る、というのです。裏を返せば、自分の経験を構造化し、他人に伝わる言葉へ翻訳できる人材がいなければ、ナレッジマネジメントは入り口で止まるということになります。ツールを何に置き換えても、この人の力だけは代替できません。
分岐点3|共有した人が評価される設計になっているか
知識を共有する行為は、短期的には自分の時間を削る利他的な振る舞いです。放っておけば、忙しい人ほど共有しなくなります。だからこそ、共有が報われる設計が要るのです。
キーエンスが評価制度にナレッジ共有を組み込み、東京海上日動コミュニケーションズがKCS資格を人事制度に取り入れたのは、まさにこの分岐点への回答でした。善意に期待するのではなく、共有が本人の評価やキャリアにつながる導線を引く。ここまで踏み込めるかどうかで、取り組みが一過性で終わるか、文化として根づくかが決まります。
- ✓自社は「集める」より先に「使う場面」を言葉にできているか
- ✓暗黙知を言語化できる人材や、そのための場があるか
- ✓共有した人が評価される仕組みが用意されているか
3つのうち、多くの企業がとくに苦戦するのが分岐点2です。ツールや評価制度は導入すれば形になりますが、「言語化できる人」は買ってくることができません。育てるしかないのです。
「学んで終わり」にしない研修を
課題解決力強化道場は、
外資系コンサル出身の現役プレイヤーが直接指導するハンズオン型研修です。
知識習得で終わらない、行動が変わる研修をご提供いたします。
少人数制 × ハンズオン × 超実践型
事例に共通するSECIモデルの回し方

これまで見てきた事例は、野中郁次郎氏のSECIモデルという1本の軸で整理できます。SECIモデルは、暗黙知と形式知が次の4つの工程を循環しながら、組織の知識が育っていくと捉える枠組みです。
- 01共同化:経験を共にし、暗黙知を暗黙知のまま分かち合う
- 02表出化:暗黙知を言葉や図にして、形式知へ変換する
- 03連結化:形式知どうしを組み合わせ、体系立てて整理する
- 04内面化:整理された知識を実践し、再び個人の血肉にする
失敗事例を思い出してください。ナレッジが乱立して探せなくなったケースは、02までは進んだものの03の連結化が欠けていました。ツールが使われないケースは、そもそも02の表出化が回っていません。逆に成功事例は、この4工程のどこかを丁寧に設計しています。
そして4工程のなかで、もっとも人の力が試されるのが表出化です。ここは自動化が効かず、経験を言葉に翻訳する思考力が問われます。SECIモデルの循環が止まる会社は、たいてい表出化でつまずいている、と言っても大げさではないでしょう。
事例を自社の成果に変えるために必要なもの

事例を並べ、分岐点を整理してくると、一つの結論に行き着きます。ナレッジマネジメントの成否を最後に決めるのは、ツールでも制度でもなく、そこで働く人の力だということです。とりわけ、経験を構造化して言葉にし、それを実行へ移す力が問われます。
ツール選びの前に「使う人」の力を見直す
多くの企業が、ナレッジマネジメントを「どのツールを入れるか」の問題として捉えます。もちろんツールは大切です。ただ、同じツールを導入しても成果に差が出るのは、器の中身をつくる人の力に差があるからにほかなりません。曖昧な状況を論理的に整理し、課題の構造をとらえ、要点を言語化する。こうした力は、部署や役職を問わず、ナレッジが循環する組織の土台になります。
「分かる」と「できる」のギャップをどう埋めるか
ここで壁になるのが、頭では分かっていても現場で実践できない、というギャップです。ロジックツリーやフレームワークの名前は知っていても、いざ自社の課題を前にすると手が動かない。研修を受けても、その学びが日々の業務に反映されない。多くの組織が、この「分かる」と「できる」の間で足踏みしています。
このギャップを埋める発想として、実務課題そのものを題材にした実践型の育成があります。たとえば課題解決力強化道場は、外資系コンサルティングファーム出身の現役コンサルタントが講師を務め、自社のリアルな課題を演習の題材に据える、少人数制のハンズオン研修です。1クラス10名以内で、2.5時間の講座を複数回にわたって重ねながら、毎回の個別フィードバックで一人ひとりの思考のクセを可視化していきます。座学で手法を教わって終わり、ではなく、答えは受講者本人が出す構造になっている点が特徴と言えるでしょう。
“ ロジカルシンキング等は本で学んでいたので、自分でできているという自負がありましたが、実際に講師の方のフィードバックを受けて、まったくできていないことを痛感しました。今後の組織を担う担当者だけでなく、部下を持つ人間は、受けたほうがいい内容だと思います。 ― 製造業/経営企画室 受講者の声(課題解決力強化道場 事例集より)
実際、同サービスの公表実績では、累計受講者は約800名を超え、平均満足度は95.6%、学んだ内容の現場での活用度合いは84.5%と報告されています。人材紹介業の部門長クラス向けに論理的思考力の研修を実施した事例では、全体の87%が「マネジメントの変化」を実感したとされています。ナレッジを言語化し、現場で回していく力を育てる場として、こうした実践型の研修は有力な選択肢になります。
事例を自社の成果に変えるなら課題解決力強化道場へ
ナレッジマネジメントの事例から学べることは多くあります。ただ、事例を成果へ変える最後の一歩は、暗黙知を言葉にし、課題を解決へ動かす「人の力」にかかっています。課題解決力強化道場は、少人数制・ハンズオン・超実践型で、その力を自社の課題を題材に鍛える研修です。「管理職のスキルにばらつきがある」「研修が現場で活きない」「自走する人材が育たない」といったお悩みがあれば、まずは資料請求やお問い合わせから、貴社の状況に合わせたカリキュラムをご相談ください。
貴社の課題に最適な研修をご提案します
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